5月を迎えて新緑も眩しくなりはじめ、ぽかぽかと暖かい日射しがさすある日の午後一。都内のとある喫茶店で、一人の青年が煙草をふかしつつ何やら考え事をしているようです。
彼の名は錦織彰。内閣調査室に勤務する現実主義の実力者です。
(これは悩むところだな・・・非常に難しい問題だ・・・。)
その悩める青年のお姿は非常に渋くハードボイルドでありますが、一体何がそこまで彼を考え込ませているのでしょうか?解決しない事件の事?はたまた部下への指導法?・・・いーえ、違うのです。
『うちの娘どっちかどうかしら?』
一諏訪の事件で扇家を訪れた時の朝子さんのお言葉。本日の錦織氏の考え事の課題はそれなのです。
(選びがたい・・・どちらも。ふたりとも非常に魅力的なお嬢さんだからな・・・)
・・・そうなのです。彼にはとても贅沢な選択権が与えられているのです。たとえあの朝子さんの言葉がほんの冗談だったとしても、双子のお嬢さん方の魅力に甲乙つけるということはとても困難です。扇家の双子のお嬢さんといいますと、周知の通りそれはそれは美しく才能にあふれた方々なのです。
一姉の翔子さんはいわゆる大和撫子。和風の美をたたえ、秀麗端正、古雅玲瓏。深い深い湖のような群青の瞳に淡雪の肌。その頬にかかる黒髪の美しさ。知的さと神秘的な雰囲気を醸し出し、芯は強いがどこか硝子細工のように透き通って儚く繊細な心の持ち主です。しっとりと女らしく、聡明な翔子さんの悩めるそのお姿は、雨の中に咲き肩を落とす藤の花のようで、殊に男性の方々の目を釘付けにするのであります。
一方妹の舞子さんはといいますと、清冽凛然、甘美華麗。天真爛漫で明るく健康美に溢れ、よく動く大きな瞳をいつもきらきらと輝かせ、元気に栗毛のポニーテールを揺らしてます。どこまでも無邪気な愛くるしさと爽やかな笑顔、その表情豊かな眩いお姿はまさにひまわりのごとく、いつでも太陽に向かって手を伸ばし、明るく華やかに力強い気を振りまいているのです。さらに合気道に長け、その袴姿もまた凛々しく美しく、同性の憧れをも得るのであります。
その対照的な双子の魅力はお互いを引き立てあっていて、揃えばかなりの迫力なのです。
(静と動の魅力だな・・・)
迷宮に入り込んだ錦織氏はブラックコーヒーをひと口飲んでひといきつきました。
さて、錦織氏は戦いの場における扇姉妹の事の関してはあまりくわしくありません。そこで彼は吸っていた煙草を灰皿にこすりつけると、おもむろに携帯電話を
取り出しました。どうやら剣持宅に電話を入れる様です。そう、戦闘時の扇姉妹に関しては共に戦う者としてエキスパートの剣持・近江両氏に聞くのが一番です。
錦織氏は早速情報収集を始めました。
結果、剣持氏のコメント
『翔子さんですか。彼女は立派な術者ですよ。冷静で的確な判断力がありますし。勉強熱心で技のバラエティーにも富んでますね。その上一度覚えた技でもさらに磨きをかけていきますから、彼女の感応術のレベルはかなり高いものです。術で敵を発狂させる事などたやすいでしょうね。・・・もっとも彼女はそんなことはしないでしょうけど。感応術を操る翔子さんには敵の感情までもありありと伝わってしまうのです。闘いの場でたとえこちらが優勢でも、相手の事情や感情を垣間見てしまうと翔子さんはその攻撃の手をゆるめ、なんとか相手を理解し、救おうとするのです。たとえ、自らが危険になると解っていても。それほど彼女の心は優しく純粋です。でも舞子さんの身が危険ともなれば話は違います。彼女は舞子さんを守る為その心の底に眠った蒼く冷たい炎を燃やし、夜叉にもなりかねないでしょう・・・そうなる前に私が翔子さんを守りますがね。』
近江氏のコメント
『扇?舞子のほうですか?あいつは凄い奴ですよ。一言に大物です。闘ってる時のあいつはこっちまでのまれる位の迫力がありますよ。あいつの体から発せられる気の力は凄まじいものだし、合気道の技だって大きく伸びやかでダイナミックな動きにもかかわらず相手に全くスキを与えない。体術・念術ともに戦闘能力に優れた奴ですね。それにあいつはいつだって余裕があるんです。俺はたまにあいつは無敵なんじゃないかとすら思いますよ。でもあいつの強さは才能だけじゃない。あいつは努力を努力と思ってません。いつでも全力で力一杯目の前のカベを乗り越えていくんです。そんなあいつの強さを俺は尊敬してますよ。』
(うーむ。やはり無理だ・・・。知れば知る程すごいお嬢さん方だ。)
ふうっ、とため息をつき、錦織氏は立ち上がりました。そのままレジに向かい、会計を済ませて店を出ると、彼は晴れた空を見上げました。
「二兎追う者は一兎も得ず・・・俺には選べん。俺は独身貴族だ・・・」
そうつぶやき歩き出す錦織氏の背中には哀愁が漂い、やがて都会の雑踏の中に消えてゆくのでした。
かくしてこの課題は迷宮入りとあいなってしまいました。
おわり