月ニ思フ
おうぎ、と呼ぶ声に、以前にはなかった熱が篭っている。
時折、舞子、と。
そう呼ぶようになっていることに、舞子自身は気付いているのか。
皆がそう呼ぶものだから――だって私達、どちらも「扇」だもの――彼もそれに倣 ったに過ぎないと、そんな風に思ってるのかも知れない。
――いいえ、きっとそう。それが舞子だから。
彼には少し、可哀相なことかも知れないけれど、そんな舞子が好きだった。
私の半身。
生まれた時からずっと二人。
何をするのもいつも一緒だった。
それを厭わしいと思ったことは一度もない。
だって私自身が、舞子がいないと駄目であることを知っていたから。
でも今は、舞子が少し羨ましかった。
特別な熱を込めて、「舞子」と、呼ばれる彼女が。
友人や、同志、仲間――そのどれもを少し越えた温度で。
その名を呼ばれる舞子が羨ましい。
ため息が口を突いて漏れる。
以前は名を、呼ばれるだけで十分だったのに。
――翔子さん、と。
呼ばれるだけで、心が満たされたのに、今は――。
私の名を呼ぶ声を思い出せば、胸が締め付けられる。
舞子を呼ぶのと同じでは、厭。
舞子の名を呼ぶ彼のように、熱を込めて。
特別な熱を込めて、呼んで下さい。
「…」
あの人を想う程に、求めるものが増えてゆく。
仰いだ月の蒼い光に、己の内側で渦巻く欲を見た気がして、私は一つ、身震いを した。
***
少年は見る間に変化して行った。
それは実に鮮やかで、私には少々眩しい程だった。
取り戻した年相応の明るさ。
それに伴い、自然と浮かべるようになった笑顔。
時折、軽口を叩くことさえ彼はしてみせた。
頑なに人を寄せ付けまいとしていたのは、彼の優しさだったのかも知れない。
彼はずっと、心の奥に深い闇を抱えていた。
不用意に近付かれて、不本意にも傷付けてしまうくらいなら、孤独を選ぶ方がい い――と、彼はそう考えたのかも知れない。
彼は、己がまだまだ非力であることを知っていたから。
とすれば、彼は変わったというより、本来の姿を取り戻しただけなのかもしれない。
私は彼の過去を知っているわけではないから、それが正しいかどうかはわからないが、 ともあれ、少年は変わった。
成長し、変化し――その延長線上で、ごく当たり前に恋をしたようだった。
私はそれを喜び、時に茶化したりしているが、本当はこの少年が――素直に心を 顕せるこの少年が――少しばかり羨ましかった。
年と共についてゆく要らない智恵。
真っ直ぐぶつけることをよしとしないのは、幼い頃に自ら纏った鎧のせいなのか も知れない。
しかしそうとわかっていながら、変化することを恐れ、私はその鎧を剥ぎ取ることが出来ないで― ―否、しないでいる。
嗚呼、彼の如く、変化に気付かず変化してゆけるものならば。
熱を帯び始めた彼女への想いに、まるで子供のように戸惑いながら、私は浮かぶ 月を仰いだ。