近江君が私のもとへ来た時、私は一言こう言った。
『近江君。たった一つだけ約束です。どうかー..私のようにならないで下さい。』
私はそう言って笑ったー。
深夜。司は、悪い夢から醒めた。子供の頃の夢。まだ幼い頃、彼はすべての肉親を失い、扇のばあさまのところで修行しながら成長した。その頃から、自分にはあまりいい記憶がない。初めて呪詛で人を殺した時も...
時計を見た。午前2時。草木も眠る丑三つ時だ。私は窓を開けた。夜の闇はー落ち着く。私は、もう光には戻れない。こんなにも、暗闇が心地いいー。
『剣持さん?』
近江君の声がした。気配で起きて来たらしい。
『はい?どうしたんですか?』
恐る恐ると近江が部屋に入って来た。
『あの..うなされてました..よね。昨日の事ですか?』
ギクリとした。聴かれたのか...
私は笑った。
『大丈夫ですよ、なんでもありません。怨みを買うのは慣れています。』
人を呪わば穴二つ...
いつか私も...
『近江君。君は、ずっと綺麗なままでいてください。人殺しなんてしないで下さい。』
『剣持さん..。』
『ふふ。聞き流してもいいですよ。こんな事は杞憂だと解っています。貴方には光があるから。大切な..モノがあるから。』
誰よりも輝く太陽のような彼女が。
『剣持さんにもいるんじゃないですか、守りたい人が。』
近江に見据えられ、司は苦笑した。
『..そうですね。でも..。』
私には愛する資格はないんですよ。たとえ、どんなに恋い焦がれようと。けしてー報われない。血まみれの手で、彼女を汚してしまうかも知れない...。
『翔子さんが本当の私を知ったら、きっと怯えてしまいますよ』
私の中の闇を知ったら、ね。
月が輝いていた。近江の想い人がさながら太陽だとしたら。自分の想い人はまるで月のようだと思う。深い深い闇を照らす月...。
『けれど私は、月に照らされて寄り添っている。深い闇の深淵でもね。』
たとえいつかこの身に今までの罪が還ったとしても。私はー。
『きっと、この道を歩むでしょうね。この月がー照らす限り。』
運命を呪うことも。己の能力を歎くことも。彼女が微笑んでくれれば忘れられた。
目を閉じる。凍りついた心もやがて、溶ける日が来るのだろうか?
『もう寝ましょう。明日も早いですから。』
まだ若い貴方達。けして己の闇に負けないで。光の中にいてくださいー。