バレンタイン・パニック

いけもと なみ


 2/14今日はバレンタイン・ディ! 舞子の机には色とりどりの包みが、溢れんばかりに積み重なっていた。中身は当然チョコレート・・・なのだが

「まーいちゃん、今年もすごいねぇ。」

と扇姉妹の親友・エっちゃんが覗き込む。

「去年よりすごいんでない?量。」

 ニコニコ笑顔の友人に反し、ため息まじりの舞子である。そう、この山積みのチョコレート達は、舞子ファンらからの贈り物なのだ。

「合気道部の後輩のがほとんどかなぁ。なんか知らない名前の子からもあるみたい」

と言いつつ、しっかり持ち帰り用の紙袋を準備していた舞子、その性格らしくチョコを右腕一本で一気に袋へ、流し込むように入れる。毎年この光景が楽しみなエッちゃんにとっては他人事、憂鬱そうな舞子をみて面白がっている様子。と、そこへ

「舞ちゃーん、帰るわよー」

 翔子が迎えに来た。舞子の苦笑いを見て翔子は嬉しそうに微笑む。  

「やっぱり、紙袋持っていって正解だったみたいね」

 さすが姉の予想は的中、今朝慌てて家を出る舞子に、紙袋を持たせたのは翔子であった。翔子のまなざしも、やはりエッちゃんと似ていたが、それ以上に喜びがあった。

 誰よりも自慢の舞子が、男女問わず人気者であるということにご満悦なのだ。

「あーあ、こんなに食べたらまた太っちゃうよぅ。翔ちゃんも食べるの手伝ってよね?お返しも大変だぁ」

 またまたため息の舞子に、

「そうそう舞ちゃん、今日近江くんと剣持さん招待したけどちゃんと用意してあるわよね」

と切り出す翔子。

「へ?何を?」

「何をって、決まってるじゃない。チョコレートよ!二人にあげる」    

 二人を夕食に招待する事は承知済みの舞子だったが...            

「ええ?!用意してないよ、そんなのっ」                   

 そう、いつももらうばかりでチョコなどあげた事のない舞子は、そんな事微塵も考えていなかったのである。

「し、翔ちゃんは用意してあるの?」

「当たり前でしょ。二人にはいつもお世話になってるし」           

 まさか翔子と連名にしてくれとは言えず

「んじゃあ、コンビニで買ってくる...」 

しぶしぶコンビニへ走る舞子。

 午後6時、剣持と近江が扇家に到着。剣持は上がるなり千景の部屋へ通される。近江は母・朝子へ丁寧に挨拶をし、翔子と久しふりに再会する。

「よう。元気だったか?あれ、舞子は?」

「いらっしゃい。舞ちゃん部屋にいるから、夕食ができるまでよかったら行ってて。できたら呼ぶから」

 なにやらニコニコしている翔子に違和感を感じつつ部屋へ向かう近江、その頃舞子は...

「みんな可愛くラッピングしてあるよなぁ」

 もらったチョコと、自分で買ってきたチョコを見比べていた。いうまでもなく今日はバレンタイン当日、コンビニには売れ残りの、包装も適当で小さなチョコしかなかった。舞子の口でなくとも、一口で片付けられるような...

「おーい、扇?いるのか?」

(ゲッ!近江くんだっ)

 あわてて紙袋にチョコを突っ込むが、慌てすぎてテーブルに足をぶつける。チョコが床一面にばら撒かれる。

ドタッ!!!「いッイタターーーッ」

「なんだっ?おいッ何やって...」

 すごい物音と叫び声に思わず扉を開けた近江が見たものは。

「ひ、ひさしぶり。イテテ」

 隠そうと思ったもの全てを巻き散らかし、打った膝をさする、なんとも間抜けな舞子の姿であった。

「何やってんだよ、まったく。ホラ、」

と優しく舞子を立ち上がらすが、

「ん、なんだこれ?《愛しのマイコ先輩へ...》って、これ全部お前宛てのチョコ?はははっすげぇな。モテモテじゃん」

「...あの、さ近江くん、そのチョコに比べたらたいしたモノじゃないんだけどサ」

「え?」

 あまり見たことのない、伏目がちな舞子に少しドキッとする近江。

「これ、さっき買って来たんだけど、よかったら。」

「え...これ、俺に?」

 確かに今日がバレンタインとは知っていたが、まさか舞子からもらえるとは思ってもみなかった近江。とまどいつつ、嬉しさは隠し切れない。

「さ、さんきゅ。」

「いや、ほんと、こんな小さいので、ゴメン!」

 明るく笑う舞子にまたまた心臓が高鳴る近江だったが、

「まあ、お前にもらえただけでもキセキだからな!嵐でも、来なきゃいいけど」

と冗談まじりに返し、ヒョイッとチョコを口に含む。

 しおらしかった舞子も、その一言でもとの舞子に返り、

「なによーっ!やっぱ返してっっ」

と、近江に飛び掛る。

「もう遅い・・・」

と、二人の体が近づき、見つめ合うと、

「・・・食べるか?」

 近江が真剣な瞳になったかと思うと、そっと目を閉じ、舞子の顔に近づいた。

「え・・・」

 二人の鼓動が高鳴り、唇が近づこうとする瞬間、舞子も思わずギュッと目をじ・・・

「二人ともー、ごはんできたわよーーー」

 翔子の呼びかけに力が抜ける二人であった・・・  

《fin》