りん |
「…はい、はい…。わかりました。すぐ伺います。」 剣持はそう言って電話を切った。 「おはようございます。何かあったんですか?」 近江も眠たい目を擦りながら自室より出てくる。 「これから扇家へ向かいます。急いで支度してください。」 剣持の厳しい表情に近江は一気に目が覚める。 「事件ですか?」 暫しの沈黙…。 「舞子さんがさらわれました。」 扇家へ到着するとすでに錦織と早瀬がいた。ただの誘拐ではない、内調が動くということは外法がらみということだ。 「遅くなりました。一体どういうことですか?」 剣持は扇家の女主人に尋ねた。 昨日の夕方、舞子は部活を終えて帰り支度をしていた。その時図書室で勉強していた翔子からのメールが鳴る。 【あと20分位したら学校前のコンビニで待ち合わせしよう】 舞子はすぐさま返信をする。 【オッケー。あたしお腹空いちゃったから何か食べてようかな〜。先行って待ってるね。】 いつもの他愛ないやりとり…20分後、翔子が約束の場所に着いたとき舞子の姿はなかった。 「その肉マンには即効性の睡眠薬が仕込まれていてな、舞子さんは眠らされて連れ去られたらしい。それと…。」 錦織は一枚の写真を示した。 「現場の防犯カメラからの写真だ。」 そこには舞子を連れ去る白装束の人影が…背中に何やら紋が入っている。 「これは…月華教の紋。まだ生き残りがいたんですか…。」 剣持はため息をついた。 「月華教?」 近江は聞いたことのないその名を口にする剣持が静かに怒りの気を発しているのを感じ取った。 「月華教とはわしと司が10年前に潰した外法師集団よ。月の周期と女の周期には密接な関わりがあってな、決められたその日に選ばれた女と姦陰することで力を得られるということを教義としておるのじゃ。そいつらが力を得るためと称して誘拐を繰り返し非道の限りを尽くしたのじゃ。」 千景は一息ついてお茶をすする。 「その集めた力を使って人を脅迫したり念じ殺したりしていたからの、わしらが出向いて始末したのじゃ。その時全て片付いたと思ったんだがのう…。」 怪訝な表情の千景に早瀬が資料を読み上げた。 「その中心にいた人物には愛人がいたようで、その愛人と当時10歳になる息子だけが行方不明だったんです。生き残りとしたらその線が強いですかね。」 皆一様に口を閉ざした。 「じゃあ舞子がさらわれたのって…」 近江は恐る恐る剣持を見る。 「仕返しと教義の復活でしょうね…。」 この言葉を反芻する近江…仕返しと教義の復活って、教義?月の周期と女の周期?カンインってなんだ?カンインって…。 「えぇぇぇ!?じゃあ舞子はっ!?」 ここにきてようやく事態が飲み込めた近江がどっと汗をかきながら立ち上がった。 「そういうことじゃ。」 千景は苦悶の表情で呟いた。 「あたしがもう少し早く待ち合わせ場所にいっていたら舞ちゃんさらわれなかったかもしれないのに…。」 翔子は一晩中泣いたのだろう、目を真っ赤に腫らしていた。 「ん?内調からメール?」 早瀬は開いていたパソコンに内調からの緊急メールが届いたのに気がついた。 「闇の死操人、扇のババア、久しぶりだな。覚えているか…。」 その男は冷たい笑みを浮かべながら続けた。 「お前らの大事なものは俺の手の内にある。今こそ10年前に潰された父の無念を晴らす時だ。」 静かに話す男の後ろで何やらけたたましく騒ぐ声が聞こえた。 「舞子の声だ!!」 近江は思わず叫ぶ。 舞子は頑丈な鎖で両手を塞がれ吊るされていた。それでもなお抵抗し身を捩る様に近江の胸にズキッとした痛みが走った。 「離してよ!!何すんのよ!!近づかないで!!触んないでよ!!」 騒ぐ舞子を無視して男は舞子の頬に触れた。 「美しい…お前の力を解放すれば間違いなく月華教は復活する…。」 舞子は表情を強張らせた。うっとりと自分の頬を撫でる男に寒気を感じながら底知れぬ恐怖を覚える。 「用が済めばこの女を返してもいいが…少しばかり気に入ったからな。そのまま妻として迎えてもいい。」 男は再びカメラ目線でニヤリと笑った。 「そういうことだから覚悟しておけ…それから…。」 一同固唾を飲んで見つめる。 「近江君とやら、彼女の純潔は俺がいただいた。」 不敵な笑みを浮かべる男…次の瞬間男の悲鳴と共にカメラが大きく揺れた。 「そういうことだ。じゃあな!!」 ここで動画は途切れた。 長い沈黙の後、翔子は呟いた。 「早く…早く舞ちゃんを助けなくちゃ!!」 いつもの冷静な翔子ではない。取り乱すその姿は妹をさらわれた心配と助けられなかった後悔とが交錯し、まるで迷子の子どものように今にも泣きそうだった。 「落ち着け翔子。舞子は無事じゃ。奴らの目的は教義の復活、儀式までは手は出さん。昨日から寝ておらんのだろう、落ち着くんじゃ。」 千景はゆっくりと戒めた。 「それはいつ…?」 近江も拳を強く握りしめながら顔を上げる。 「新月の夜…今夜です。」 剣持の言葉は静かに響いた。 |