『新月(2)』

りん


時間は刻々と過ぎる。錦織と早瀬は内調へ届いたメールの発信元を突き止めるべく慌ただしくしていた。
千景と剣持は奥に入りかつての闘いの記録を読み返していた。翔子は剣持の薦めで短い仮眠をとっている。…近江はどこにいるかわからない舞子の波動を掴むべく庭に出て意識を研ぎ澄ましていた。

目を閉じると浮かぶのは舞子の笑顔。コロコロとよく変わるその表情は近江の心を捉えて止まない。その舞子が怯えて表情を強張らせる姿を見てひどく胸が痛んだ。

(どこにいるんだ…舞子…無事でいてくれ…。)

近江は全身をアンテナのように広げ気を探る。

(近江君…。)

どこからか舞子の声が聞こえた気がした。目を開くとそれは仮眠を終えた翔子の声だった。

「起きたのか。」

ふうっと息を吐き緊張を解く。翔子は縁側から庭に降り近江の隣に立った。

「うん、おかげで少し楽になった。剣持さんが気持ちが落ち着く様にって鍼うってくれたからね。」

それでも目の下の隈は隠せない。それは仕方のないことだろう、今まで常に側にいた自分の片割れが思いがけず失われたのだ。

(俺も昨日の段階で知っていたら夜寝てらんなかっただろうな…。)

近江もこの数時間でずいぶん神経を痛めていた。

「さっきね遠見してみたんだけどやっぱり結界が張ってあるのかな、探れないんだ。こんな時あたしは舞ちゃんに何もしてやれない…。」

目を伏せる翔子の言葉はそのまま近江の心を代弁しているようだった。

「俺も今同じことを考えていたよ。肝心なときに役に立たない…弱いからな、俺は…。」

2人はやりきれない思いで黙った。
その沈黙を破ったのは翔子の方だった。

「近江君…その…舞ちゃんとはうまくいっているの?」

突然の発言に近江はむせた。

「ななな…なんだよ、急に!!今それどころじゃないだろう!?」

真っ赤になって慌てる近江に翔子は続けた。

「舞ちゃんね、優しいから誰かが傷つかないように自分が守るって闘ってきたけど近江君に対してはなんだか違うんだ。」

「え?」

「嫌なこと辛いことをなかったことに吹き消すんじゃなくて一緒に抱えていきたいみたいな…。」

「…。」

「あんなに温かくて包み込むような気持ちで誰かに接するの初めて見た。」

翔子は少し悔しそうに笑った。

「舞ちゃんね、近江の事本当に大切なんだなあって。だからね…。近江君、舞ちゃんの事信じて受け止めてあげて欲しいな。」

けっして押し付ける様な口調じゃなく諭すような言葉に近江は思わずうつむいた。

「俺は人並みの幸せを手に入れる権利があるのか、わからない。俺はこの手で…。」

視線を拳に移す。
飛騨での戦いで近江は敵将にとどめを刺していた。血に汚れたこの手で舞子に触れることは許されるのだろうか…。

「舞ちゃんを信じてあげて…舞ちゃん、近江君の事…。」

翔子の言葉を遮るように千景の声が響いた。

「翔子!!近江!!出陣じゃ!!」

敵方の潜伏先に目星をつけた様で錦織と早瀬が車を手配するのが見えた。

「近江君。」

翔子は自分の言葉でゆでダコみたいに赤くなっている近江に悪戯っぽく微笑んで囁いた。

「続きは本人の口から聞いてね。」