『新月(4)』

りん


舞子が次に目を覚ますと大きな祭壇の前に横たわっていた。
相変わらず鎖に繋がれてはいたが衣類に乱れはなく自身の無事を確認していた。

その部屋は天井がガラス張りになっており星空がよく見えた。
舞子はまだ薬が効いているのかぼんやりしていた。

これから行われる儀式とは一体なんなんだろう…自分はどうなってしまうのだろう…みんなは助けに来てくれるのだろうか…近江は…。

彼の笑顔が思い出され、また舞子の目から涙がこぼれた。

「また泣いているのか?」

男が現れた。その後ろには数名の信者らしき人影が見える。白い覆面を被りその顔は見えない。

「泣くがいい。10年前は俺も母も力がないことを思い知らされ泣いた…しかし今度はお前たちが泣く番だ。」

男は手に持った刀を振り下ろし舞子の制服を引き裂く。

「やっ…」

舞子の裂かれた服の間から覗く肌は陶器のように美しかった。

「時間になりました。」

信者の一人がそう告げると男は刀を鞘にしまい祭壇の前に置いた。

信者たちは何やら呪文のようものを唱えながら舞子の周りを取り囲む。
ゆっくりと近づく男…その手が舞子の頬に触れた。

「やっ…触らないでよ!!やめて!!」

舞子はまだ朦朧とする意識の中、必死にその手を振り払おうとした。しかし無情にも男の顔はどんどん近づいてくる。

「やっ…近江君!!」

「舞子っ!!」

舞子を呼ぶ声が響いた。
それと同時に勢いよく扉が開く。

舞子は朦朧とする意識の中自分の名前を呼ぶその声がとても懐かしくそして愛しく感じられた。

「貴様…なぜここが!?」

男は体を起こし、息を整えながら歩み寄る近江を睨んだ。

「舞子から離れろ!!」

近江は硬く拳を握りしめ殴りかかった。
男はひらりとかわし飛び退く…近江は思いがけず身軽なその動きに驚きながら、取り敢えず目の前の舞子の無事を確認する。

「近江君…。」

朦朧としながらも近江の顔を見て安心したように微笑む舞子。
その姿を見て安堵したのも束の間、無惨に引きちぎられた制服とその隙間から覗く肌に怒りをおぼえた。

「もう喋るな…。」

近江は舞子の頬に手を触れる。舞子は不思議な安心感からふっと意識を失った。

「ふはははは…丁度いい!!お前の前でその女を抱いてやろう!!お前らは自分達のした事を後悔しながら泣けばいい!!」

男は祭壇の前の刀を手に取った。

気が高まる…男の周りには今まで女達から奪い取った気が集まり、黒い人形を成す。

近江も手にした鬼礫を構え集中する。

「お前の術は知っている!!それでは俺に勝てない!!」

男は黒い人形を纏った状態でゆっくりと刀を抜いく。じりじりと間合いを詰めて近江ににじり寄った。

「俺は俺の大事な人を守るためなら容赦はしない!!走れ鬼礫の五芒星!!」

それと同時に男が斬りかかる…二人の気がぶつかり合ったその瞬間、眩い光が辺りを包んだ。

「近江君!!舞子さん!!」

剣持と錦織が駆けつける。そこはまだ先程の衝撃が残っているようで肌にビリビリとした感触が伝わってきた。

暫しの沈黙。
近江と睨み合っていた男は小さく呻くと片膝をついた。

「馬鹿な…なぜお前ごときにこの俺が…。」

苦しそうに呻く男に剣持は言う。

「わかりませんか?近江君1人の気ではありませんよ。舞子さんから気が流れ込んでいるんです。」

男が顔をあげると近江を包み込むように舞子の気が流れていた。

「元来気というものは貴方のように奪い取るものではなくこの2人のように分け与えるものなんですよ。さて…。」

剣持はふっと厳しい裏の顔になった。

「観念してもらいましょうか、先程あなたのお母様は自ら命を絶たれましたよ。」

「地下に閉じ込められていた女の人たちも解放したわ!!」

翔子と早瀬も駆けつける。

「観念するんじゃな。」

千景の言葉に男はがっくりと項垂れた。

近江は男の母親が持っていたという鍵を受け取り舞子の鎖を外した。
その手首には抵抗したであろう痕が赤く滲んでいる。

「舞子…。」

近江に頬をペチペチと叩かれ舞子は目を開けた。

「大丈夫か?」

近江の声に舞子は目に涙を滲ませた。

「近江君…うぅっ…怖かった…怖かったよ〜。」

舞子は泣きながら近江に抱きついた。
抱きつかれた事と裂かれた制服からのチラリズム、そして珍しく涙を見せる舞子に近江は真っ赤になりながら固まった。

「あたしね、あいつが触ってくると気持ち悪くて嫌で嫌で仕方なくて…でも近江君だとホッとして嬉しくて…。あたし近江君じゃなきゃダメなんだよ〜。」

公衆の面前での大告白に近江は顔から火が出る思いだった。

「席を外しましょうか。」

剣持に促され皆は先に車に戻った。

二人きりの時間が過ぎる…近江は未だ泣き止まない舞子の肩を抱きながら聞いた。

「俺が触れていいのか…?俺は飛騨で両面僧正をこの手で…。そんな手でお前に触れてもいいのか?」

舞子は顔を上げて頷く。

「うん。近江君じゃなきゃダメなんだ。」

まっすぐな目で見つめる舞子に近江は胸の一番深い所まで温められた気がした。

「ありがとう…。帰るか。」

そう言って微笑む近江に舞子も鼻をすすりながら笑顔で頷いた。
近江は制服が引き裂かれている舞子に自分の上着を着せ立ち上がる。

「ぐうぅぅ〜」

毎回恒例とばかりに舞子の腹が鳴る。

「えへへ、安心したらお腹空いちゃった。」

その表情はいつもの舞子に戻っていた。

「帰り道、どこか寄ってもらって買うか?」

近江の提案に舞子は大賛成。

「あたし肉マンが食べたいな!!」

ニコニコと笑う舞子。近江は小さくため息をつく。

「またさらわれるぞ…。」

舞子は近江の腕にしがみつきながら笑った。

「大丈夫!!近江君が助けに来てくれるから!!」

今宵は新月。
まだ若い月齢の月はこれからゆっくり満ちてゆく。
そう、二人の関係も。

(終)