つゆ、きらら

渡橋ないあ


じめじめとした梅雨であるかを忘れるかのような、貴重な晴れ間に目を細めている 男が一人、縁側に腰掛けていた。
夏至も間近なその日差しは、鋭角に射すために軒によって家の中に入ることができ ず、結果縁側に日陰が出来上がっている。しかも日に当たればでは熱さを感じずに はおれないが、反面、陰に入ればまだそよぐ風に涼を見ることが出来た。
男は、縁側で一人庭を眺めていた。午前中まで降っていた雨がまだ木々の葉に残 り、それに日差しがあたってきらきらと輝いている。宝石をちりばめたようにまぶ しいそれを、男はうれしそうに見ているのだった。
「いい天気ですねえ」
男はそういって、脇に用意してあった茶に口をつける。氷で冷やされた煎茶は香り たつものはないが、口に含むとさわやかな香りで満たされる。少し苦味を帯びた茶 は清涼感を体に運んでくる気がした。
茶と同じ盆に、ガラスの器があった。そこにはフルーツを中に揃えた寒天が涼しげ に盛られている。剣持はそれを手に取ると添えてあったスプーンでひとすくい、口 に運んだ。
のほほん。まさにそんな言葉がぴったりな午後の風景だった。
「剣持さん」
寒天の食感とフルーツの甘さを堪能している剣持に、背後から呼びかける声があっ た。
「どうしました?近江君」
振り返ると、神妙な面持ちの弟子がいた。彼の姿を確認してから、剣持は手にして いた器を置いて静かに立ち上がる。
「今お茶を入れますね」
ついでに冷蔵庫に冷えていた寒天を開けたのでそれも一緒にどうですか?フルーツ の酸味がぴりりと舌に残って、それがまたアクセントになって美味しいんですよ、 と声かけながら台所へ歩いていった。久しぶりに食べたのであまりにもおいしく感 じてしまい、先ほどおかわりをしてしまったんですよ。剣持は楽しそうに語ってい る。
しかし対照的に、近江の顔は益々神妙になり、少し戸惑いも見せていた。
「実は・・・」
剣持が一式を揃えて台所から戻ってきたとき、意を決したのか近江が口を開いた。
「その寒天、賞味期限が2年過ぎてます」

その後の彼らがどうなったのかは、誰も知らない。
ただ、剣持が席を立つ回数と時間が増えたと、患者たちの間でうわさになったよう だった。