甘い匂い

りん


甘くて切ない、彼の匂い。
あたしはそれに惹き付けられてやまない。
まるで媚薬のよう…。

それに初めて気づいたのは奈良の高校の旧校舎で組み合ったとき。
先生に暗示をかけたのではないかと彼に確認した時に彼の制服から甘い匂いがした。

(香水かな…?)

初めはそう思った。
それから幾度となく闘いを共にしたが、その度に彼の身体からはその匂いがしていた。
あたしはいつしかその匂いに惹き付けられ、彼の側にいる時はそれを嗅がずにはいられなかった。

あたしを虜にするあの匂い…なんだろう…。

あたしはその正体がわからぬまま月日を過ごした。

三次での闘いであたし達は白い牢獄…閉鎖された空間に閉じ込められた。
そこは音も景色も、なにもない真っ白な空間。
その空間を歩き回り出口を探しみたけれどそんなものがあるはずもなく、抜け出すことができないあたし達は途方にくれてしまった。

「まあ、なんとかなるって。」

あたしがそう言うと彼は苦笑いしながら小さくため息をつく。

(あっ…この匂い…。)

また彼からいつもの甘い匂いがした。閉ざされた空間だからかな、いつもよりそれは強く感じられた。
あたしは思いきって彼に聞いてみることにした。

「ね、近江君。香水つけてる?」

彼はあたしの質問に目を丸くしながら答える。

「いや、つけてないけど…なんでだ?」

「だって近江君すごいいい匂いするんだもん。」

あたしは素直にそう答えた。

「匂い?」

「うん。甘くていい匂い。」

彼は自分の身体の匂いを嗅ぐ仕草をするが、しばらくして首をかしげた。

「わかんねーな。それはいい匂いなのか?まさか汗臭いとか…。」

彼の言葉に思わず笑う。
だってその仕草が子犬みたいで可愛かったから。

「いい匂いだよ、甘くていい匂い。ふふふ。」

「ふうん。」

結局甘い匂いが何なのかわからない。でもあたしにはすごくいい匂い。

あたしは彼の匂いにうっとりしながら目を閉じる。
そしてそのまま眠りに堕ちていった。

不思議だね、近江君のその匂いはあたしを心地よく癒してくれる。
あたしの中の動物的本能がそれを求めてるみたい。

あたしはその魅惑の匂いがなんて呼ばれるものなのかまだ知らない。

(終)