父として

りん


その日、扇家は慌ただしかった。

「翔子、これ運んで〜。」

朝子は忙しさに息を切らしながらもどこかウキウキしている。

「お母さん、このお皿運べばいいのね?」

翔子はキッチンから応接間に来客用の皿を運んだ。
応接間はすでに朝子が腕によりをかけた料理の他、来客用の座布団やお皿が並んでいた。

「ふぅ、あとはお客様の到着前に着替えなくちゃ。」

朝子は割烹着を脱ぎながら一息ついた。

「あら?お父さんは?」

朝子は翔子にたずねる。翔子はため息をつきながら指を指した。

「お庭でたそがれているわ…。」

千一は爽やかな春の風を感じながら庭に佇んでいた。その面持ちはどこか憂いを含み眉間にシワを寄せている。

今日は舞子と近江の結納なのだ。そのため朝から準備をし、飛騨から来るという近江の母親と彼女を迎えに行っている2人の到着を待っているのだった。

「お父さん、そろそろ着替えてください。お客様がいらしてしまうわ。」

朝子は縁側から千一に声をかけた。

「翔子と舞子がよくここでおままごとしていたなぁ。」

千一はため息混じりに呟いた。

「そうですねぇ、あんなに小さかった子が結婚するんですもんねぇ…。」

朝子も頷いた。

「あの頃舞子は大きくなったらお父さんのお嫁さんになるなんて言ってくれて…それなのに…。」

千一の目に涙が滲む。

「確かに近江君はいい子だが…なんだか寂しくてなぁ…。」

たまらずあふれだす涙。

「舞子おぉぉぉ〜!!」

雄叫びのような声をあげ泣き崩れる千一に朝子はため息をついた。

   ※

朝子に宥められなんとか用意を済ませた千一はふと棚に入っていたアルバムに目をとめた。
パラパラとめくると幼き日の娘達の姿が…。

生まれた時は小さくミルクの飲み方も弱かったためひどく心配したものだった。
寝返りをうち、はいはいをし、つかまり立ったそのときは皆が驚くような大きな拍手をした。
保育園、小学校と大きな病気もせずにすくすく育ち、
修行が始まってからは怪我はしないかとハラハラした。
義母の跡を継いで教主になってからはひどく大人になったように感じ驚いた。

そして教主としての務めである仕事の中で近江と出会い紆余曲折の末恋をし、こうして結ばれることとなったのだ。

「お父さん、準備できた?」

翔子が襖を開けるとアルバムを抱えながら涙と鼻水にグシャグシャになった千一の姿があった。

「…。」

言葉をなくし立ちすくむ翔子をよそに千一は泣き崩れた。

「おぉぉぉ〜舞子おぉぉぉ〜」

通りかかった千景がその様を見ながら大きく深呼吸をした。

「いつまでも泣いているでないわ!!死に別れるわけでなし!!住居も同じ敷地内に家を建てるではないか!!」

千景の一括に千一の涙がようやく止まった。

「ただいまぁ〜」

舞子の元気な声が玄関から聞こえた。

    ※

無事結納を済ませ来月に控えた結婚式の準備に舞子は家を空けることが多くなった。
その度に舞子のご飯茶碗(どんぶり)や舞子の好物、父の日にと舞子が買ってくれた湯飲みを見ては号泣する千一の姿が度々目撃された。

    ※

結婚式の当日、千一は決して泣き崩れないようにと朝子にきつく言われていた。
しかし家族控え室で舞子の用意を待つ間ソワソワと落ち着かない様子で千景の咳払いが響いていた。

「花嫁様の用意が出来ました。」

介添人の声と共に扉が開く。舞子は結婚式として人前式を選び装いは白いウェディングドレスを着ていた。

「わぁ、舞ちゃんキレイ!!」

翔子が歓声をあげる。
普段白い服というと胴着しか思い付かない舞子だが今日のウェディングドレスはとても美しかった。

「エヘヘ、なんだか恥ずかしいな。」

照れながらも嬉しそうに微笑む舞子の姿に千一は目頭が熱くなった。

「お父さん。」

舞子はゆっくりと千一の方へ歩み寄った。

「お父さん、今までありがとう。本当はあたしお父さんのお嫁さんになるのが夢だったんだけど、お母さんがいるでしょ?だからあたしお父さんみたいな人を探したの。」

舞子は笑顔で続けた。

「近江君ねお父さんみたいに強くて優しくて…あたしのこといつも見守ってくれてて…。あたしお父さんみたいな人見つけたんだ。」

舞子の目にもうっすらと涙が浮かぶ。

「お父さん、今まで本当にありがとう。でもこれからも見守っていてね。」

千一は舞子の言葉を聞き漏らすまいと必死で泣きたいのを耐えた。そしてゆっくりと息を吐き微笑んだ。

「舞子、幸せにおなり。」

舞子の顔がパッと明るくなった。

「うん!!」

今日は大安吉日、可愛い娘の門出にはふさわしい日だ。千一は晴れ晴れとした顔で空を仰いだ。

(終)