ジェラシー<嫉妬>

りん


その日俺は休みだったが、舞子の都合がつかないという理由で久しぶりに1人で過ごしていた。

もうすぐ舞子の誕生日…俺はプレゼントを選んでいた。
大学生になった舞子になにが喜ばれるのか…いまだ乙女心というものがよくわからない俺は悩んでいた。

(一体なにがいいんだ…。こればかりは誰かに聞くわけにもいかないし…。)

翔子に聞くのはもちろん反則だし、頭の中で剣持さんや錦織さんを想像してみたが、多分乙女心などというものとは無縁のはずだ(多分)。

色々な店を探したがこれというものに巡り逢えず、俺はため息をついた。
既に空は暗くなり街の街灯が灯っていた。

ふと視線を裏路地へ移すとそこは大人の世界。
きらびやかな看板がならび恐らくデート中と思われる男女が数多く歩いていた。

(まあ、これは俺と舞子には関係ないな…。)

俺はそう思い視線を戻そうとした。
その時…

そこにいるはずのない人物がそこにいた。いや、正しくはその人物によく似た人だった。

フワフワと風になびく巻き髪にシフォンのワンピース、華奢なヒールのパンプス。その人物はとても美しかった。

あり得ない、普段は動きにくいからといってスカートを避けるあいつが…。ポニーテールが定番のあいつが…。
なにより俺からの誘いを用事があると言って断ったあいつが…こんな所にいるはずがない!!

俺はその場に立ち尽くした。そんなこととは知らずその人は雑踏の中を縫うように進む。

(見失う…。)

俺は慌ててその後ろ姿を追いかけた。
自分の見間違いなのか、それとも本当にあいつなのか、今はわからない。
ただその人を見失ってはいけない、そんな気持ちで一杯だった。

その人は交差点の近くのコーヒーショップに入った。俺も少し遅れて店内へ入る。

「ハニーミルクラテ、無脂肪乳でひとつ下さい。」

その声は間違いなくあいつの声…そしてオーダーしたコーヒーも俺と会うときにいつも注文するもの…間違いない。あいつだ。

俺はあいつの死角に席をとり様子をうかがった。
しきりに時間を気にして携帯を見る。誰かと待ち合わせのようだ。

相手は一体誰なんだ!!

俺ははやる気持ちを押さえながらコーヒーを一口飲んだ。

(まるでストーカーだな。)

苦笑いしているとあいつの座るテーブルに1人の男が近づいてきた。
何やら話をしている…その内にその男は向かいの席に座り会話を続けた。
楽しそうに話を続ける2人、明らかにあいつはこの男を待っていたようだ。

(どういう事なんだ!?あの男は一体なんなんだ!!それに今日の格好はいつもと違いすぎるじゃねえか!!しかも楽しそうにしてんじゃねえよ!!)

はっきりいって俺の心中は穏やかではない。
俺のものではないと頭ではわかってはいたが、あんなに楽しそうに他の男と話をしているなんて…俺以外の男の前であんな顔するなんて…正直ムカついた。

俺は握りしめていた携帯を見た。

(…邪魔してやる。)

俺はメモリの一番初めに登録してあるあいつの携帯に電話をかけた。
少し遅れてあいつの携帯が鳴る…あいつはディスプレイを確認するとサッと電源を切った。

(シカトですかー!?)

俺は不通になった携帯をそっとポケットにしまった。

(そっか…。そういうことか…。新しい彼氏ができたんだな…。俺バカみたいだな…。)

気分どん底の俺は目の前が滲み2人が席をたったのに気がつかなかった。

気がつくと2人の姿はない。俺は何だか虚しくなって残ったコーヒーを一気に飲むと店をあとにした。

(俺は金もないし、力もないし…武術だってあいつには及ばないし…。ちゃんと告白だってできない臆病者だし…駄目なヤツなんだ。)

鬱々した気分で歩いているとふいに気の乱れを感じた。なにか不穏な気だ。

今の俺は闘えるほどメンタルが保たれていない。しかし不思議とその気の漂う方へと歩いていた。

そこは小さな公園だった。昼間は子ども達が賑やかに遊ぶであろうその場所だが今は人気なく静まり返っていた。

公園の奥で人の声がする…俺は導かれるように奥へと進んだ。

そこには先程見失ったはずのあいつの姿が…。
俺は運命を呪った。
どうしてまたこんな場面に出くわすのか。情け容赦ない仕打ちを恨むように足を止めた。

2人の会話が途切れ途切れだが聞こえてきた。
何やらもめているらしい。

痴話喧嘩かとため息をついたその時、男はあいつに向かって殺気を向け手に隠し持っていたナイフで斬りかかった。

「!?」

あいつはひらりとかわすと手刀でそのナイフを叩き落とす。

「正体を現したわね!!出会い系サイトで知り合った若い女性を襲ってその気を吸い取って…あんたが悪い呪法を行っているのは明白よ!!観念しなさい!!」

あいつはそれまでのにこやかな顔から一変し、いつもの闘いの表情になった。

(…そうか…。仕事だったのか…。あいつは囮で…それであんな格好してたのか…。)

事実を知った途端、俺はガックリと肩の力が抜けた。そうとは知らず嫉妬心でどうしようもなくなっていた自分が情けない。
こうも平常心が保てないとは…重症だ。

「…なんだと!?俺の邪魔はさせない!!死ね!!」

男はあいつに襲いかかった。あいつなら簡単に投げ飛ばすだろう…そう思っていた。

「キャッ!!」

避けようとしてあいつはバランスを崩し倒れ込んだ。
あいつらしくない…そうか、脚にまとわりつくスカートと華奢なヒールのパンプスがその動きを阻んでいるのだ。
このままではあいつが…舞子が危ない。

「舞子!!」

俺は思わず飛び出して男に殴りかかった。

「グワァ!!」

男は不意討ちをくらい後ずさった。

「近江君…どうして?」

舞子は突然の俺の登場に目を丸くした。

「説明は後だ。あいつを倒すんだろ?話はそれからだ。」

俺は体勢を立て直した男の正面に立ち構えた。

「うん。もう、この靴動きにくいよ!!」

舞子は立ち上がるとパンプスをポイッと脱ぎ捨てる。
その姿はいつもの舞子だ。こんな状況で不謹慎だがその仕草がすごく可愛く感じられた。

「邪魔する奴は死ね!!」

男は襲った女性たちから奪い取った気を巡らせ筋肉を肥大化させ鎧を纏ったような姿でかまえた。

「チッ!!」

俺はその姿に思わず舌打ちをした。
男の拳が風を切る。俺と舞子はそれをかわしながら男を挟んだ。

「これで終わりだ!!」

俺は男の急所に硬気孔正拳突きをくらわせた。

「グハッ!!」

その痛みからよろめく男の腕をとり舞子は男の体を投げ飛ばし地面に叩きつけた。そして男はあっさり意識を失った。

「ふう、これで一件落着。近江君、助けてくれてありがと。」

舞子は笑顔で俺を見た。

「いや…無事で良かったよ。」

俺はなんだか尾行したという事実に申し訳ない気持ちで一杯になった。

「いや、本当に。危ないところでしたね〜。」

声のする方を振り返るとそこには早瀬さんと錦織さんが立っていた。

「でも近江がコーヒーショップに現れた時はヒヤヒヤしたぜ。もしかしたらぶち壊しになるかも知れなかったからな。」

錦織さんはニヤニヤとしながら俺の顔をうかがう。

(見られてたのか…。)

俺はものすごいバツが悪くなった。妬いているところも、邪魔しようと電話をかけたことも、バレバレだった。

「え〜、やだ。近江君見てたの?」

舞子は少し恥ずかしそうにうつむいた。

(恥ずかしいのは俺の方だよ…。これはまた錦織さんから剣持さんに筒抜けになるだろうな…。)

「まあ、おかげで俺たちが出ていく事もなく解決できたから助かったけどな。」

錦織さんは舞子に囮を頼み、危機が訪れた場合は助けに出られるように待機していたようだ。

「まあ、お姫様を助ける騎士の役は俺よりお前の方が似合ってるからな。」

錦織さんは何か含みを持たせた言い方で俺を見た。
俺はただただ恥ずかしかった。

錦織さんと早瀬さんは伸びている男を車に連行し去っていった。
俺は振り返ると舞子の足元を見た。裸足で立ち回ったその足は土で汚れ少し血が滲んでいる。

「舞子、足に血が…。」

舞子は土にまみれた自分の足を見て「本当だ。」と恥ずかしそうに笑う。
なんだかその仕草がすごく可愛くて俺は舞子の体を抱き上げた。

「ちょっ…近江君!?」

舞子は驚いたようで顔を赤くした。

「痛いだろ?そこのベンチまで運んでやるよ。」

俺はそう言って歩き出した。

「だっ、大丈夫だよ!!近江君降ろして!!」

暴れる舞子を無視してベンチまで行くとそっと下ろし座らせた。

「あ…ありがと。」

舞子はようやく観念したみたいだ。

それから投げ捨てたパンプスを拾い水道から水を汲んで戻るまで大人しく座っていた。

俺は舞子が大人しくしているのをいいことに汲んだ水で足を洗い流しハンカチで拭いた。

「なんか恥ずかしいな…」

舞子はただじっと俺のする事を見つめている。

「何で今日仕事だって…しかも囮になるって言わなかったんだよ。」

俺は抱いていた不満を口にした。
舞子はすまなそうに肩を萎めながらごにょごにょと小さな声で言い訳する。

「だって、翔ちゃんにはこんな危ない事させられないし、こんな格好してるの近江君に見られるの恥ずかしかったし。それに…。」

「それに?」

「心配かけたくなかったから…。」

舞子は舞子なりに俺に気を遣ったらしい。そんな姿がまた可愛く思う。

(俺もう再起不能ばりに重症かも…。)

俺は舞子にパンプスを履かせながら呟いた。

「心配だったよ…。だから今度からちゃんと教えて欲しい…。」

俺の言葉に舞子は小さく「ごめんなさい。」と謝った。

「よし、仕事も片付いたことだし帰るか。」

俺は舞子の頭をポンポンとたたき手を差し伸べた。

「送るよ。」

舞子は満面の笑みで頷き俺の手をとった。

馴れないヒールの靴に舞子はいつもより歩くのが遅い。

「ね、つかまってもいい?」

少し照れながら舞子は俺の腕をつかむ。

「どうぞ、お姫様。今日はご自宅までエスコート致します。」

俺達は顔を見合わせて笑った。そしてゆっくり歩いて帰路についた。

舞子はまだ知らない、俺がどれだけお前の事が好きなのか…。

(終)