りん |
バイクは風を切って走る…次第に住宅はなくなり人気のない静かな山道へと進んだ。 「着いたぞ。」 近江はバイクを止め吊り橋近くの広場にバイクを停めた。 「待たせたな、行こうか。」 吊り橋の手前で景色に見とれていた舞子はポニーテールを揺らしながら頷いた。 2人は吊り橋を渡り里に入った。 「本当、きれいな所だね。前に来たときもそう思ったけど、今は流れる気も澄んでるね。きっと近江君のお母さんがキレイにしてくれてるんだね。」 舞子は近江の顔を見ながら呟いた。 そう、今日は宿儺の里に住む母親に会いに来たのだった。 「近江君のお母さんに会うの久しぶりだな。楽しみだね!!」 そう言ってくれた。 「近江!!」 近江は道の先で手を振る人影に目をやった。 「母さん…。」 近江は元気そうな母の姿にほっと安堵のため息を漏らした。 「もう、急に来るなんて言うんだもの。もっと早く言ってくれたら色々用意したのに…。」 それでも近江の母、真奈美は嬉しそうだ。 「舞子さん、久しぶりね。あの時はお世話になったわね…。翔子さんはお元気かしら?」 舞子は笑顔で答える。 「はい、翔ちゃんも元気です。おばさん、お世話になります。」 3人は現在真奈美が住居として使用している家に入った。 「母さん、柊の家には住まなかったのか?」 近江は出されたお茶を一口すすって呟いた。 「たしかにあそこは私の生まれた家だけど…帰れる場所じゃないわ。」 小さくため息をつく。 「今あの家は柊家の分家の方が管理してくれていて、私は恭一と千尋さんの弔いをする為だけに寄らせてもらっているわ。」 そう、近江の母親は実の弟とその娘である姪をこの闘いで死なせていた。 自分がこの里を出ようとした日に見た、弟の顔が未だに焼き付いて離れない。 真奈美は罪深い己の血筋を受け止めこの地にとどまることを決めたのだ。 そして闘いの最後で近江がその手で命を絶ったかつての夫をも受け入れ弔っていたのだった。 「おばさん、この前辰王に会いました。あたしたちが苦戦していたら現れて…助けてくれました。」 舞子は笑顔で続ける。 「辰王、本当はすごい優しい人なんですよね。素直に感情は出さないけど…そんな所は近江君とよく似てるかも…。」 近江は思わぬ舞子の言葉に飲みかけのお茶を吹き出した。 「おっ…お前、何言ってんだよ!!」 真っ赤になって慌てふためく近江に舞子はしれっと答える。 「だって本当の事だもん。」 2人のやり取りに真奈美は微笑ましくなった。 「ねえ、舞子さん。今日は山菜をお料理に使おうと思うんだけど、食べられるかしら。」 真奈美の言葉に舞子は大喜び。 「わあい。あたし山菜大好きです!!」 「ってか、何でも食えるんだろ?お前が好き嫌いしてるとこなんて見たことないぜ。」 そんな舞子にさっきの仕返しとばかりに呟く近江。 夕暮れ時、真奈美は台所に立って夕食の用意をしていた。 「おばさん、手伝います。」 そう言って舞子は真奈美のいる土間に降りる。 「あら、ありがとう。じゃあこのお芋の皮向いてもらえるかしら?」 真奈美の言葉に舞子は笑顔で頷いた。 「今日は舞子さんが一緒に来てくれてよかったわ。あの子、そういう所神経質でいつまでも悩むこと多いから…。」 真奈美の言葉に舞子も頷く。 「近江君、すごく繊細だから…。あたしなんて大雑把だから近江君にいつも呆れられちゃって。」 舞子の包丁を持つ手が止まった。 「でもすごく優しいし、頼りになるし…。あたし近江君と一緒に闘うことができてすごく幸せです。」 舞子の言葉に真奈美は確信した。 自分の都合で手放さざるを得なかった息子がいつのまにか成長し、こうして自分をあるがまま受け入れてくれる人を探し出したということがたまらなく嬉しかった。 「舞子さん、あの子の事宜しくね。私、今日あなた達に会えて本当に良かったわ。」 真奈美は一筋の涙を流しながら舞子を見た。 夕食後、入浴を済ませると舞子は眠気をもよおし一足先に布団に入った。 近江は久しぶりに母子水入らずでの時間を過ごす。 「母さん、今日は急に来て悪かった…しかも舞子も一緒だなんて…用意するの大変だったろう?」 近江は囲炉裏に向かいながらお茶を入れる真奈美に呟いた。 「あら、そんなことないわよ。息子が可愛い彼女を連れてくるんだもの。嬉しいわ。」 「かっ…彼女って!!いや、その…それは…。」 近江は照れ隠しにお茶をすすった。真奈美は続ける。 「母さんはあなたに謝っても謝りきれない犠牲を強いた…あなたにとって宿儺一族の問題は関係ないもの…。母さんの息子として生まれたがゆえに背負わせてしまった事、今でも申し訳なく思うわ。」 近江は黙って真奈美を見る。 「でも、あなたは私を救い出してくれた。舞子さん達と力を合わせて一族を呪縛から絶ち切ってくれた。」 「母さん…。」 真奈美は目頭を押さえながら囁く。 「あなたも、洋江も、私の大切な息子。私には勿体ないくらいできのいい息子だわ…。近江、あなたは日の光が当たる世界をお生きなさい。」 近江は真奈美の言葉に小さく頷いた。 2人の間に静かな時が流れる…真奈美は手に持った茶碗をコトリと置いた。 「近江、舞子さんを大切にしなさいね。あなたにとってとても大切な人なはず…側にいて離れないようにね。」 近江は真奈美の言葉に真っ赤になりながら反論を試みる。 「いや、その、だから…舞子は俺にとって…。」 しかし百聞は一見にしかず、真っ赤なその顔がすべてを物語っていた。 「もういいよ、俺も寝る!!」 勢いに任せ襖を開けた近江だったが、閉める前に振り返り真奈美の顔を見た。 「ありがとう、母さん。」 真奈美は笑顔で頷いた。 「おばさん、ありがとうございました。お邪魔しました。」 舞子はポニーテールを揺らしながら頭を下げた。 「とても楽しかったわ。舞子さん、また来てね。」 真奈美の言葉に舞子は満面の笑みで返した。 「じゃあ、母さん。またな…。」 近江はそう言うと舞子と共に吊り橋へ向かった。 近江は抱えていた思いが少し軽くなったのに気がついた。 近江は再び紅葉が美しい山道を走り出した。 (終) |