その時僕は桜餅を食っていた
泰
- 桜も終りに近付いた頃
白川学園から家に戻っていた僕は庭の桜の残滓を見ながら縁側で桜餅を食べていた
日差しは大分暖かくなったが風が吹くと未だ寒いので制服の上着は来たままネクタイも緩めていない
自分で入れ直した少し濃目の日本茶を啜って口の中にこびり付いた餡を胃に流し込み、二つ目の桜餅に手を伸ばしたときだった
ズザザザザ――― ザッバーン
池の辺りから盛大な水音が響いて来た、まるで人が落ちたような水音だ
一体何が落ちたんだ、人だったらどんな間抜けだろうと思って僕は池の方を顧みる
見慣れた人影が池の中から這いずり上がって来たのを見て僕は固まった
それは見間違えようも無く辰王だった
濡れた衣服を引き摺るように立ち上がると春用のコートを脱いでワイシャツ姿に為った所で僕の存在に気が付いたらしくスタスタと縁側に近寄ってきた
4月と言えど水はまだまだ冷たいはずと少し同情しながら僕の視線は破廉恥にも辰王の透けた胸の飾に吸寄せられた
アンダーシャツ無しの白いシャツから完全に透けて見えるそれは色が薄く布越しでも綺麗な色をしているのが見て取れた、光の下に晒せば辰王の白い肌に映えてさぞ艶めかしいだろう
そんな僕の視線に気が付いたのだろうか、辰王の両手が左胸に寄せられる
両手の人差指と親指で飾を囲む様に四角の枠の形を作ると辰王は
「日本国旗」
と言った、僕は固まった、どちらかと言えば日の丸弁当に見えたからだ
何とも言えない生温くも硬い沈黙が僕らを包んだ
突風が吹き、僕らの間に昨晩の雨に濡れて少々汚くなった桜の花弁が散る
その考えと辰王の行動を一切無視して僕は飲みかけの自分のお茶を差し出した
「寒いだろ、何してたんだ」
そう、今僕の家の庭は極寒の寒さに見舞われていた。