「ふーっ、終わったわ。」
玄関で宮司親子を見送った翔子は大きなため息をひとつ付いた。それとも始まったのかしら?うん、そうね、これがきっと私たちの始まりなんだわ。この人が同じに思ってくれているかは分からないけれど。そう思いながら後ろに立つ剣持を振り返った。その拍子に少しふらついたが、当然のように剣持に抱きとめられた。
「上出来です。緊張していたようですけど、よく隠せていましたよ。」
剣持に褒められ翔子はにっこり笑って頷いた。
「これで、あなたの周りも静かになりますよ。」
剣持は穏やかな顔でそう言った。
「それはどうかしら?ああ、明日どんな顔で学校に行けばいいのかしら。」
そういいながら翔子は剣持の腰に腕を回した。すでに躊躇はない。
「何で、『それはどうかしら』なんです?」
剣持が抱き返しながら聞いた。
「女友達は手ぐすね引いて待ってるわ、きっと。」
「正直に言えばいいじゃないですか。」
「なんて?」
「恋人ができた、って。」
「いいの?」
「もちろん、いいですよ。」
翔子は剣持の返答に満足し、そして甘えるように剣持を見上げた。剣持は翔子の意図を間違いなく酌んでキスをした。
ガラガラガラ・・。
「ただいまー。・・あ?ああー?」
二人が玄関を見るとビックリした顔の舞子が立っていた。
「なになになにー?翔ちゃん、剣持さん、なにが起きたの。どういうことー?あーっ!着物、出来上がってる。ずるい翔ちゃん、自分だけ縫いあげちゃってぇ。」
まくし立てるような舞子の反応に、我にかえった翔子は赤い顔をして、
「あ、舞ちゃんお帰りなさい。えっと、これはその、なにから話したらいいか・・。」
と口ごもった。
舞子はそんな翔子を見て自分の頬が緩むのを感じた。舞子だって、ここ数ヶ月の翔子の屈託振りには心を痛めていたのだ。感応術が使えない舞子にも、翔子の気の変化は十分に感じられた。しかし今、少なくとも、状況が変わったらしいことは分かった。
そして剣持だ。近江に会うために度々剣持宅を訪れていた舞子は、翔子の屈託と時を同じくして剣持の纏う雰囲気が変わっていくのも感じていた。それはまるで漂白されていくような、この世のものではなくなっていくような、そんな危うさを孕んでいるように思えた。近江とて同様で、ここ数ヶ月間急に修行が厳しくなり、その中に持てるものをすべて引き継がせようという剣持の意図を感じて何か不安なのだと舞子に話していた。そして近江と舞子に向けた、慈しむ様な、いとおしむ様なそれでいて少し悲しそうな眼差しは舞子を落ち着かない気分にさせていた。
それがどうだ、この安定感は。消えてしまいそうな危うさはどこへやら、大地のような安定感を醸し出している。翔ちゃんを陰から見守るのは止めて、正面きって護ることにしたのだな、と舞子にも察しはついた。
詳しい話は翔子からおいおい聞くことにしよう、そう思いながら二人をもう一度見る。着物姿で佇む二人。何だ、この二人は対になるべくして存在するんじゃないか。何かはあったらしいけど、収まるところに収まった、ただそれだけのことなんだ。
舞子はにっこりと笑みを浮かべ、
「何だか分からないけど、喜んで良いんだね。」
と言った。
「つまりね、舞子さん、今日が始まりの日ってことなんです。」
剣持が少しだけ照れた様に笑いながら言った。翔子は赤い顔のまま、剣持の腕の中から極上の微笑みで舞子に頷いて見せた。
〜終〜
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